古田君とは中野八中の野球部で一緒でした。古田君はセカンド、二塁手で、いい選手でした。
八中の一年生のときに、後にテレビ映画『Gメン75』や東映映画『網走番外地』などに出演して、スターになった谷隼人(本名・岩谷肇)君と同級生でした。岩谷君は、東映大泉撮影所に併設されていた子役の演技研修所(*名称はうろ覚えです)に通っていてテレビ映画『少年ケニヤ』に出演していました。その後、日活に移り、本名で高橋英樹主演の映画に、重要な役で出演していました。当時、歌手舟木一夫の全盛時代で、舟木一夫が歌った「学園広場」が日活で制作され、公開されましたが、なんと古田君は岩谷君から誘われて、高校生役でこの作品に出演したそうです。キャストタイトルにも〈古田俊彦〉と名前が書かれていたことを記憶しています。
岩谷君は、この後、日活から再び 東映に移籍し、谷隼人という芸名で準主役として活躍しました。
古田君は「後にも先にも、映画に出たのはこの一本だけだ」と言っていましたが、僕は東宝制作のテレビ映画や映画のタイトルで何度も古田俊彦という名を見かけていて、てっきり古田君は役者をつづけているのだな、と思い込んでいました。が、僕が映像の企画プロデューサーとして、映画作りに関係し始めたときに、東宝の大部屋俳優さんで古田君と同姓同名の人がいることを知りました。年齢も違うし、あきらかに別人でした。こんなこともあるのだな、と驚きました。 古田君は糖尿病を患っていて、僕も糖尿病の治療をつづけている、同病相憐れむ仲だったので、正直言って、古田君の死を知ったときはショックでした。散歩をしているときに中学校のそばを通りますが、中学校の頃、夢中になって野球をやっていた仲間のことを思い出します。同窓会であった後、時々電話をかけては「近いうちに会おう」と誘い「連絡くれよ」と古田君に言われていたのに、遅筆のために締め切りに間に合わず追いつめられて、会う日の予定もずるずると延ばしつづけ、結果的には、池袋の同窓会で会ったのが最後になりました。いまとなっては、無理をしても会っておけばよかった、と思うしかありません。中学校の頃、校庭で古田君や野球部仲間と夢中で白球を追いかけていた日々が懐かしい、今日このごろです。
クラスメートだった伊藤智光君も野球をやっていたので覚えていると思いますが、彼は岩谷君と仲が良かったようでよく話を聞きました。伊藤君は中学はたしか武蔵台の方に行っていましたが、たまたま高校が一緒でそこで岩谷君の話を聞いたような記憶があります。
「キーハンター」の前にも子役の頃に題名は忘れましたがかなり主役で出ていたのではないでしょうか?
僕の記憶違いで、谷隼人こと岩谷君がテレビ映画で注目を浴びたのは、『キイハンター』でした。